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鹿児島地方裁判所鹿屋支部 昭和47年(ワ)13号 判決 1973年6月13日

原告

森山忍

被告

福沢文夫

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し金四八万八二六五円及び内金四一万八二六五円に対する昭和四六年一月四日以降、内金七万円に対する昭和四七年四月七日以降いずれもこれが支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告福沢賢一郎は更に原告に対し金一六万五〇〇〇円及びこれに対する昭和四六年一月四日以降これが支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求はいずれもこれを棄却する。

四  訴訟費用は原告と被告福沢賢一郎との間においてはこれを三分し、その一を原告の、その余を同被告の負担とし、原告と被告福沢文夫との間においてはこれを二分し、その一を同被告の、その余を原告の負担とする。

五  この判決は原告において、被告福沢賢一郎に対し金二〇万円の、同文夫に対し金一五万円の各担保を供するときは原告勝訴部分に限りかりにこれを執行することができる。

事実

(請求の趣旨)

「一 被告らは各自原告に対し金九六万七二〇七円及び内金八九万七二〇七円に対する昭和四六年一月三日から、内金七万円に対する訴状送達の日の翌日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二 さらに、被告福沢賢一郎は原告に対し金一六万五〇〇〇円及びこれに対する昭和四六年一月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三 訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決及び仮執行宣言を求めた。

(請求原因)

一  原告は昭和四六年一月三日午後六時四〇分頃垂水市新生の国道二二〇号線を鹿屋市方面から垂水市内方面へ向け、右側を歩行中、同一方向に進行してきた被告賢一郎運転の普通乗用車(以下単に「被告車」という)に背後から衝突され、負傷した(以下「本件事故」という)。

二  本件事故当時被告車は被告文夫の所有であり、その運行供用者は被告文夫である。

三  本件事故は被告賢一郎の前方注視義務違反、道路右側通行、安全運転義務違反等の過失によつて生じたものである。

四  本件事故により原告が被つた損害は次のとおりである。

(一)  慰謝料 金四〇万円

原告は本件事故により頭部打撲傷、右後頭部打撲裂創、左前額、顔面打撲擦過創、右肩胛部・左大腿部打撲創、左腓骨骨折などの傷害を受けたので同日直ちに垂水市中央町二七番地所在の池田医院に入院し、同日から同年三月二五日まで八二日間治療を受け、その後同年四月末日まで三六日間自宅において休養をとるとともに温浴、マツサージ治療を行つた。右傷害による精神的苦痛に対する慰謝料としては金四〇万円が相当である。

(二)  消極損害(逸失利益) 金五四万三四八二円

原告は漁業により生計を立てゝいたものであるが、事故前三ケ月間(昭和四五年一〇月一日から同年一二月末日まで九二日間)の収入は金五〇万〇一〇八円で、一日当りの収入額は金五四三五円(円未満切捨て)である。これにより原告の休業による損害額を算定すると次のとおりである。

1 入院分 五四三五円×八二=四四万五六七〇円

2 自宅療養分 五四三五円×1/2×三六=九万七八一二円

(三)  積極損害(費用)

1 雑費 金一六万五〇〇〇円

イ 船修理費 金一二万五〇〇〇円

ロ 船陸揚、陸下ろし費 金四万円

2 治養費 金五万円

但し温泉、マツサージ治療代

3 交通費 金五〇〇〇円

4 付添費 金八万二〇〇〇円

但し原告の妻郁江が原告の入院中(八二日間)付添看護した費用

5 弁護士費用 金七万円

原告は原告訴訟代理人との間に本件訴訟遂行に関し鹿児島県弁護士会所定の最低の基準による手数料報酬を支払うべき旨約束している。このうち金七万円を被告らに請求する。

五  損害からの控除分 金一八万三二七五円

原告は自動車損害賠償責任保険金一七万〇二七五円及び見舞金として被告らから金一万三〇〇〇円を受領したのでこれを前記の損害額から控除する。

六  よつて原告は被告文夫に対しては自動車損害賠償保障法第三条により、前記四の(一)、(二)及び(三)2乃至5の金員合計金一一五万〇四八二円から五の金額を控除した金九六万七二〇七円及びこのうちから四の(三)の5の弁護士費用金七万円を除いた金八九万七二〇七円に対する不法行為の日から、右金七万円に対する訴状送達の日の翌日から各完済まで民事法定利率による遅延損害金の支払(被告賢一郎と連帯)を求め、被告賢一郎に対しては民法第七〇九条により右と同額の金員の支払(被告文夫と連帯)を求めるほか、前記四の(三)の1の金一六万五〇〇〇円及びこれに対する不法行為の日から支払ずみまでの遅延損害金の支払を求める。

(請求の趣旨に対する答弁)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求めた。

(請求原因に対する答弁及び抗弁)

一  請求原因一の事実中原告が鹿屋市方面から垂水市方面へ向け歩行中との点は争う、その余の事実は認める。同二の事実は認める。同三、四の事実は争う。同五の事実中見舞金の点は認めるがその余は争う。原告に対し自動車損害賠償責任保険から支払われた保険金は金二六万九二七五円である。

二  かりに被告賢一郎に過失があつたとしても、被害者である原告にも当時道路側端から一・五メートル道路中央に寄つた地点(片側車線の中央付近)を歩行していた過失があるので過失相殺さるべきである。

(抗弁に対する原告の答弁)

争う。かりに被告ら主張のとおり原告にも過失があつたとしても本件事故発生の原因となつた被告賢一郎の過失に比してこれは極めて小さいので過失相殺されるべきではなく、被告らの主張は失当である。

(証拠)〔略〕

理由

一  被告福沢賢一郎に対する請求について

(一)  請求原因一の事実中原告が本件事故当時鹿屋市方面から垂水市方面に向け歩行中であつたとの点を除き当事者間に争いがなく、また、いずれもその成立に争いがない甲第一号証の九、一〇によれば原告は本件事故当時その主張のとおり本件事故現場である国道を鹿屋市方面から桜島口方面へ向け歩行中本件事故にあつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  同被告の過失の有無について

〔証拠略〕によれば、本件事故現場付近は直線道路で見通しがよいこと、同被告は前車である軽四輪乗用車を追越すに当り同車のみに気をとられ、道路右端付近を同一方向に歩行中の原告に気づくのが遅れ、僅か四・三メートルに近づいて始めて気付いたが、被告車を時速約六〇キロに加速していたこともあつて事故回避のため何ら有効な措置もとり得ないまま、自車右前部を原告に衝突させたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。これによれば同被告には前車を追越すに当たり前方注視義務を怠つた過失があることは明らかである。

(三)  同被告の過失相殺の主張について

〔証拠略〕によれば本件事故現場である国道(幅員五・八メートル)には当時歩車道の区別がなかつたから歩行者は右道路の右側端に寄つて通行しなければならなかつたというべきところ、その〔証拠略〕によれば、原告は本件事故当時同道路右側端から約一メートル中央寄り付近を歩行中であつたことが認められる。なお右甲第一号証の七によれば、実況見分の立会人であつた同被告の指示説明に基づき当時原告は同道路右側端から一・五メートル位の所(片側車線中央付近)を歩行していたものとして実況見分がなされているが、被告車を時速約六〇キロで運転中衝突前僅か四・三メートル手前で、いわば瞬時のうちに原告を認めたにすぎない同被告が原告の位置を的確に把握し得なかつたであろうことは推測するに難くなく、同被告の右指示説明はにわかに信用できない。そして他に右認定を左右するに足る証拠はない。これによれば、当時被害者である原告に本件事故発生について同被告主張のような過失があつたとはいえないのみならず、他に原告の過失を推認させるような事情のうかがわれない本件においては同被告のこの点の主張は失当である。

(四)  原告の損害について

1  治療費について

〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により頭部打撲傷、右後頭部打撲裂創、左腓骨骨折、左大腿打撲創等の傷害を受け、事故当日である昭和四六年一月三日から同年三月二五日まで八二日間垂水市内の池田医院において入院のうえ治療を受けた後、退院後自宅においてマツサージ治療を受けたほか、近くの猿ケ城温泉において温泉療養をしたが、その間同年三月、四月、六月分のマツサージ治療費として金二万一〇〇〇円を、また池田医院に対し治療費の一部金一万五七〇〇円をそれぞれ支払つたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。しかし温泉療養のため原告がいくらを支出したかを明らかにする証拠はない。なお原告は本訴において明示的には治療費として温泉、マツサージ治療代金五万円を請求するにとどまり、右池田医院の治療費についてはこれを請求する旨の明示の意思表示をしていないが、それが本件事故による治療費として原告が支出したものである以上、そしてまたそれを認めても原告の請求金額を総額において超えない限り、これも黙示的に請求しているものと解されるから右池田医院の治療費も損害として認めることにする。

2  交通費

〔証拠略〕によれば原告は池田医院に入院中及び退院後の同年三月二二日から同年四月一八日までの間猿ケ城温泉において温泉療養をしたが、その往復のためタクシーを利用し、代金五二四〇円を支払つたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。なお原告は交通費として金五〇〇〇円しか請求していないが、前記1の場合と同様の理由により右認定にかかる五二四〇円全額を損害として認める。

3  付添費

〔証拠略〕によれば原告は前記池田医院における入院期間中左下肢が大腿部までギブスで固定されていた(入院当日から同年三月六日まで)等の理由で歩行が困難であつたため入院期間中付添看護を要し、そのため妻郁江の付添看護を受けたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。ところで原告は同女に対し付添料を現実には支払つていないが、次の理由により原告は家政婦の賃金を限度として、同女が原告の付添看護をしたことによる損害を請求できるものと解する。即ち夫婦は婚姻中互に協力し扶助する義務を負うが、その義務の効果として夫である原告は妻である郁江に対し同女が誠実に家政をとる(夫が入院中の場合でもその留守家庭において)ことを期待でき、そしてその場合これによる利益は原告ら家族においてこれを享受しうるものであるところ、同女において原告の入院中その付添看護にあたつたため家政をとるにつきその十全を期し得ず、原告ら家族においてこれによる損害を被つたものと推認できるから、これが損害は原告自身が被つたものとしてその賠償を求めることができるというべきである。そしてこの損害は家政婦の賃金を限度として見積もられるべきところ、鹿屋市(垂水市の場合も同程度と思われる。)における家政婦の賃金が午前八時三〇分から午後五時まで勤務するものとして一日金一五〇〇円であることは当裁判所に顕著な事実であり、また原告のこの点の損害につき特に反証のない本件においては右損害は原告主張どおり一日金一〇〇〇円程度と見積るのが相当と考える。従つて八二日間では八万二〇〇〇円となる。

4  雑費(船の修理代等)

〔証拠略〕によれば、原告は事故の前年である昭和四五年三月から発動機船(郁江丸、総トン数四トン強)を所有してこれにより漁業を営んでいたところ、本件事故により事故当日から昭和四六年四月三〇日まで休業せざるを得なかつたが、その間船の陸への引き揚げ、陸から海への引き下ろしのため人を雇つたが、その日当等として金四万円、それに船を長期間陸揚げしたまま手入れもせずに放置したため修繕を要する個所が出来、そのための修繕費として金一二万五〇〇〇円をそれぞれ支払つたことが認められ他に右認定を左右するに足る証拠はない。

5  弁護士費用

〔証拠略〕によりこれを認めることができるところ、原告はこのうち金七万円を請求しているにすぎないから当裁判所もこの限度での認定にとどめる。

6  逸失利益

〔証拠略〕によれば、原告は前記入院期間(八二日間)中は勿論、その後同年四月三〇日まで休業したことが認められるが、退院後の休業についてはこれがすべて本件事故に起因するものと断定するに足る証拠はなく、これにつき本件事故が寄与した度合は原告主張どおり半分程度と考えるのが相当と思われる。ところで〔証拠略〕によれば、原告の事故後である昭和四七年七月から九月までの三ケ月間の魚の水揚高は五四万三五〇五円であることが認められるところ、物価の値上りを考慮に入れると昭和四六年度はこれを幾分下まわるものと考えられる。他方〔証拠略〕によれば、原告所有の郁江丸とほぼ同トン数の船を使用し、同じ程度の経験を有する訴外岩元貞夫の本件事故前三ケ月間の水揚高は金五〇万〇一〇八円であることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。これらの事実からすると、本件事故にあわなければ原告は三ケ月間で少くとも金五〇万円の、一日当たり金五五五五円の魚の水揚を得たものと推認できる。ところで三トン以上五トン未満の漁船を所有し漁業を営んでいる漁家の収入に対する所得(必要経費を除いたもの)の割合が五三%であることは当裁判所に顕著な事実(最高裁事務総局編民事裁判資料第一〇三号六六P参照)であるところ、特に反証のない本件では原告についても同程度と推認できるから、これによる原告の一日当たり所得を計算すると二九四四円となる。更に原告本人尋問の結果によれば、原告の右所得は原告が妻郁江の協力を得て挙げたものであるところ、原告の右所得に対する寄与率を六割とみると原告の一日当たりの所得額は結局一七六六円となる。

これにより原告の休業による損害額を算定すると次のとおりとなる。

(1) 入院分 一七六六円×八二=一四万四八一二円

(2) 自宅療養分 一七六六円×1/2×三六=三万一七八八円

7  慰謝料

〔証拠略〕によれば、原告には現在本件事故により負傷した左足の足首が曲り難い等の後遺症を残していることが認められ、他にこれに反する証拠はなく、そして右の後遺症は自動車損害賠償保障法施行令第二条別表掲記の後遺障害第一二級第七号に該当するものと考えられること、それに原告の前記入院期間、本件事故は同被告の一方的過失によつて惹起されたものであること等諸般の事情を考慮すれば、原告が本件事故により相当の精神的苦痛を被つたことはこれを優に認めることができ、そしてこれが慰謝料としては原告主張の金四〇万円を下らない金額が相当であると考えられるところ、原告は金四〇万円を請求しているに止まるから当裁判所もこの限度で認めることにする。

(五)  前記(四)の損害を合計すると金九三万五五四〇円となるが、〔証拠略〕により認められる、原告において既に受領ずみと思われる自動車損害賠償責任保険金二六万九二七五円及び受取つたことにつき当事者間に争いのない見舞金一万三〇〇〇円をこれから差引くと原告の損害額は結局六五万三二六五円となる。そしてこの損害はすべて本件事故と相当因果関係にあるものであるから、同被告は原告に対し不法行為者として民法第七〇九条に従いこれが損害の賠償をなすべき義務がある。

(六)  以上からすると、同被告は原告に対し右金六五万三二六五円から弁護士費用金七万円を控除した金五八万三二六五円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和四六年一月四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金並びに右金七万円及びこれに対する履行期の後で、かつ訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四七年四月七日以降支払ずみまで右同様の遅延損害金を支払う義務がある(そして後記の被告福沢文夫の負担する義務の範囲内においては同被告と連帯してその責に任ずべきものである)というべきであるから、原告の同被告に対する本訴請求は右の限度で理由がある。

二  被告福沢文夫に対する請求について

同被告が本件事故当時被告車の運行供用者であつたことは当事者間に争いがないから同被告は自動車損害賠償保障法第三条に従い原告が本件事故により負傷したため被つた損害を賠償すべき義務を負つたものというべきところ、原告が本件事故により金六五万三二六五円(保険金等控除後のもの)の損害を被つたことは前記のとおりであるが、前記の雑費金一六万五〇〇〇円については原告においてこれを請求してないことが明らかであるからこれを差し引くと金四八万八二六五円となる。そして同被告の過失相殺の主張が失当であることは前同様であるから同被告が原告に賠償すべき金額は右と同額である。よつて同被告は原告に対し右金四八万八二六五円及びこれから弁護士費用金七万円を控除した金四一万八二六五円に対する本件事故の翌日である昭和四六年一月四日以降、右金七万円に対する昭和四七年四月七日以降(原告は単に訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金を請求しているところ、記録によれば右の「翌日」は昭和四七年三月二一日で被告賢一郎の場合と月日を異にするが、被告らのこの点の債務が連帯債務であると解する以上その給付内容は同一でなければならないから、原告のいう「訴状送達の翌日」とは「被告両名に訴状が送達された日の翌日」の意と解する。)各支払ずみまで民事法定利率による遅延損害金を支払う義務がある(そして同被告のこれらの義務は同賢一郎との連帯債務である。)から、原告の被告文夫に対する本訴請求は右の限度で理由がある。

三  結び

原告の被告らに対する本訴請求はいずれも前記の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松井賢徳)

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